東京高等裁判所 平成9年(行ケ)276号 判決 1998年11月26日
東京都国立市富士見台一丁目13番10号
原告
株式会社スーパーキャット
代表者代表取締役
小野謙一郎
埼玉県蓮田市大字井沼1121番地22
原告
有限会社バンノーサンド社
代表者代表取締役
篠山晨二
原告ら訴訟代理人弁護士
山嵜正俊
同弁理士
高橋康夫
東京都豊島区南池袋三丁目15番13号
被告
株式会社ゼオライトジャパン
代表者代表取締役
安川洋一
訴訟代理人弁護士
武田正彦
同弁理士
中里浩一
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第1 原告らが求める裁判
「特許庁が平成1年審判第17081号事件について平成9年9月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
第2 原告らの主張
1 特許庁における手続の経緯
被告は、別紙表示のとおり、「スーパーDC」の大文字を上段に、「デオドラントクリーン」の小文字を下段に、それぞれ横書きしてなり、旧第19類「ペット用便器の砂」を指定商品とする登録第2008154号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、昭和60年8月29日に登録出願され、昭和62年12月18日に商標権設定の登録がされたものである。
原告らは、平成元年10月16日に本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は、これを平成1年審判第17081号事件として審理した結果、平成9年9月10日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年10月15日にその謄本を原告らに送達した。
2 審決の理由の要旨
別紙審決書「理由」の一部の写しのとおり
3 審決の取消事由
(1)本件商標は、商標法3条1項3号あるいは6号の各規定に該当する。
a 審決は、「スーパーDC」は、一連にまとまりよく表現され、簡潔かつ淀みのない一連の称呼を生じ、また、「デオドラントクリーン」も、一連にまとまりよく表現され、淀みのない一連の称呼を生ずる旨説示したうえ、本件商標は、全体として、特定の意味を持たない一連の造語とみるのが自然である旨判断している。
しかしながら、「スーパー」は、「上級の」等を意味する平易な英語である。また、2つの欧文字を使用して、商品の番号・規格等を表すことは、普通に行われている。
また、一連にまとまりよく表現され、淀みのない一連の称呼を生ずる文字であっても、2つの単語からなることが明らかなときは、各単語の意味に応じた観念を生ずると考えるべきである。そして、「デオドラント」は「防臭効果のある」等を意味し、「クリーン」は「清掃剤」等を意味する、いずれも平易な英語であるから、「デオドラントクリーン」は、「脱臭効果のある清掃剤」の観念を生ずる。
そうすると、本件商標のうち、「スーパー」及び「デオドラントクリーン」の部分は、商品の品質、効能、用途等を表示しているにすぎず、また、「DC」の部分は、自他商品の識別力がない。そして、これらを寄せ集めても、特別の観念を生ずることはないから、本件商標は、全体としても自他商品の識別力を有しないというべきである。
b この点について、審決は、「デオドラント」及び「クリーン」がそれぞれ特定の意味を持つとしても、「デオドラントクリーン」全体としては、特定の意味を持つ成語として知られていない旨判断している。
しかしながら、普通に用いられる語の寄集めに、安易に自他商品の識別力を認めるのは不当である(なお、本件商標は、後記のように原告ら及び被告が使用を継続した結果、取引者・需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるようになっていたが、被告のみが使用していたのではないから、商標法3条2項の規定には該当しない。)。
c よって、本件商標は商標法3条1項3号あるいは6号の各規定に該当しない旨の審決の判断は、誤りである。
(2)本件商標は、4条1項16号の規定に該当する。
審決は、本件商標の「デオドラントクリーン」の部分が、商品の品質内容表示として使用されているとは認められないとして、本件商標は商品の品質につき誤認を生ずるおそれがない旨判断している。
しかしながら、「デオドラントクリーン」が「脱臭効果のある清掃剤」の観念を生ずることは前記のとおりである。そしてペット用便器の砂には、防臭効果のあるものと防臭効果のないものとがあるから、本件商標を防臭効果のない指定商品に使用すると、商品の品質の誤認を生ずるおそれがあることは明らかである。
よって、本件商標は商標法4条1項16号の規定に該当しない旨の審決の判断は、誤りである。
(3)本件商標は、商標法4条1項7号の規定に該当する。
審決は、本件商標は、他人の商標を盗用・剽窃したものとはいえない旨判断している。
しかしながら、原告らの代表者らは、昭和58年ころ、被告代表者の申入れに応じて、ベントナイトを主成分とする「ペット用便器の砂」の販売を共同して行うことにし、3社は、昭和60年7月末までに、それぞれの商品に本件商標を使用し、同一デザインの包装袋を使用することに合意した(本件商標のデザイン料及び広告料等は、3社が平等に負担し、広告においても、3社は同列に表示されている。)。そして3社は、それぞれの商品に本件商標を使用することによって売上げを伸ばし、3社を合わせると業界で第1位のシェアを得るに至った。
しかるに、被告代表者は、原告らの代表者らに全く無断で、本件商標の登録出願をしたものである。
以上の経過から明らかなように、本件商標は3社が合意のうえ決定したのであって、その商標登録を受ける権利は、3社の共有に係るものである。したがって、被告代表者が秘密裏にした本件商標の登録出願は、商道徳の根本を踏みにじるものというほかはない。
よって、本件商標は商標法4条1項7号の規定に該当しないとした審決の判断も、誤りである。
第3 被告の主張
原告らの主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は相当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 本件商標は、商標法3条1項3号あるいは6号の各規定に該当する旨の原告らの主張について
原告は、本件商標のうち、「スーパー」及び「デオドラントクリーン」の部分は、商品の品質等を表示しているにすぎず、「DC」の部分は自他商品の識別力がないから、本件商標は全体としても自他商品の識別力を有しない旨主張する。
しかしながら、本件商標を、原告ら主張のように幾つかの要素に分解し、個々の要素の意味内容を云々するのは失当である。本件商標は、あくまでも、「スーパーDC」の大文字と、「デオドラントクリーン」の小文字を2段に横書きしてなるものであるから、全体としてみれば独自の構成の標章であって、強い自他商品の識別力を持つというべきである。なお、「スーパーDC」自体は、特定の意味を持たない、1つの新たな成語と解さざるをえないし、「デオドラントクリーン」が2つの単語からなることは、ペット用便器の砂の取引者・需要者にとって明らかとはいえない。ちなみに、「クリーン」の英語は、通常は形容詞として使用されるのであって、これを名詞として使用することは、決して平易ではない。
2 本件商標は、商標法4条1項16号の規定に該当する旨の原告らの主張について
原告らは、本件商標の「デオドラントクリーン」は「脱臭効果のある清掃剤」の観念を生ずるから、本件商標を防臭効果のない指定商品に使用すると、商品の品質の誤認を生ずるおそれがある旨主張する。
しかしながら、上記のように、「デオドラントクリーン」が2つの単語からなることは、ペット用便器の砂の取引者・需要者にとって明らかとはいえない。したがって、「デオドラントクリーン」が「脱臭効果のある清掃剤」の観念を生ずることはないから、原告らの上記主張は失当である。
3 本件商標は、商標法4条1項7号の規定に該当する旨の原告らの主張について
原告らは、本件商標は3社が合意のうえ決定したのであって、その商標登録を受ける権利は、3社の共有に係るものである旨主張する。
しかしながら、ベントナイトを主成分とする「ペット用便器の砂」を開発したのは被告代表者であり、原告らは、被告代表者の叔父が経営する会社が製造した「ペット用便器の砂」を販売していたにすぎない。そして、本件商標及び包装袋のデザインを決定したのも、被告代表者であって、被告は、原告らにその使用を許諾していたものである(デザイン料及び広告料等を3社が平等に負担したことは認めるが、3社が平等に利益を受けるのであるから、当然のことである。)
したがって、本件商標の商標登録を受ける権利は原告ら及び被告の共有に係る旨の原告らの主張は、全く事実に反するものである。
理由
第1 原告らの主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要旨)は、被告も認めるところである。
第2 そこで、原告ら主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 本件商標は、商標法3条1項3号あるいは6号の各規定に該当する旨の原告らの主張について
原告らは、本件商標のうち、「スーパー」及び「デオドラントクリーン」の部分は、商品の品質、効能、用途等を表示しているにすぎず、また、「DC」の部分は、自他商品の識別力がないから、本件商標は全体としても自他商品の識別力を有しない旨主張する。
確かに、「スーパー」は、外来語の上に付いて複合語を作り、「飛び抜けている」、「特に優れている」等の意味を表す、児童でさえ理解できる極めて平易な英語である。これに対して、「DC」は、何を意味する文字であるか、通常は理解できないといわざるをえない。そうすると、本件商標のうち、上段に大文字で表されている「スーパーDC」部分は、意味不明の「DC」の中でも「飛び抜けている」、「特に優れている」ものという独自の観念を生ずるから、自他商品の識別力を有するというべきである。
一方、本件商標のうち、「デオドラントクリーン」の部分は、大文字の「スーパーDC」の下段に、書出しを大文字2字分遅らせて、小文字で表されているので、「スーパーDC」を説明するための、補足的な部分という印象が強い。そして、「デオドラント」は「防臭効果のある」等を意味する比較的平易な英語であり、「クリーン」は「きれいな」、「清潔な」等を意味する極めて平易な英語である(なお、「クリーン」を名詞として使用することは、かなりまれであると考えられる。)。
そうすると、本件商標のうち「デオドラントクリーン」の部分は、商品である「スーパーDC」の品質、効能、用途等を表示していると考えることができるが、本件商標を全体としてみるときは、「スーパーDC」の部分が持つ識別力によって、自他商品の識別力を持つと解すべきである。
したがって、本件商標は商標法3条1項3号あるいは6号の各規定に該当する旨の原告の主張は、採用することができない。
2 本件商標は、商標法4条1項16号の規定に該当する旨の原告らの主張について
原告らは、ペット用便器の砂には、防臭効果のあるものと防臭効果のないものとがあるから、本件商標は商標法4条1項16号の規定に該当する旨主張する。
本件商標のうち「デオドラントクリーン」の部分が、「防臭効果のある」、「きれいな」、「清潔な」等、商品の品質、効能、用途等を表示していると考えることができることは、前記のとおりである。
しかしながら、防臭効果があるかないか、得られた状態がきれいな状態あるいは清潔な状態といえるかどうかの評価は、多分に主観的な程度問題であるから、個人差も極めて大きい。これは、品質の異同の問題ではなく、品質の優劣の問題にすぎないと考えるべきである。
したがって、ペット用便器の砂に防臭効果のあるものとないものとがあることを論拠として、本件商標は商標法4条1項16号の規定に該当するという原告らの主張は、採用することができない。
3 本件商標は、商標法4条1項7号の規定に該当する旨の原告らの主張について
原告らは、本件商標は、原告らの代表者らと被告代表者が合意して決定したものであって、その商標登録を受ける権利は3社の共有に係るものであるのに、被告代表者は、原告ら代表者らに無断で本件商標の登録出願をしたのであるから、本件商標は商標法4条1項7号の規定に該当する旨主張する。
しかしながら、仮に本件商標の登録を受ける権利が原告らの代表者らと被告代表者の共有に係るものであったとしても、被告代表者が単独でした登録出願の当否は、私的な権利の調整の問題であって、商標制度に関する公的な秩序の維持を図る商標法4条1項7号の規定に関わる問題と解することはできない。このことは、特許、実用新案登録あるいは意匠登録を受ける権利が共有に係るときは、各共有者が他の共有者と共同でなくした出願は拒絶され(実用新案登録出願を除く。)、また、既にされた特許、実用新案登録あるいは意匠登録は無効とされることが各法律において規定されているにもかかわらず(特許法38条、49条2号、123条1項2号、実用新案法11条1項、37条1項2号、意匠法15条1項、17条1号、48条1項1号)、商標法にはこれに相当する規定が存在しないところ(これは、商標が有する出所表示の機能と、複数の者が商標権を共有することとが、相容れないからであると考えられる。)、特許法、実用新案法及び意匠法においても、別途、商標法4条1項7号に相当する規定を設け、この規定に該当するときは特許等を無効にすることについて審判を請求することができる旨定めて、権利が共有に係る場合と公序良俗を害するおそれがある場合とを別異の事項としていることからも明らかである(特許法32条、123条1項2号、実用新案法4条、37条1項2号、意匠法5条1号、48条1項1号)。
したがって、本件商標は商標法4条1項7号の規定に該当する旨の原告らの主張も、採用することができない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年9月29日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙
<省略>
本件商標は別紙に示す通り「スーパーDC」の文字と「デオドラントクリーン」の文字を上下二段に横書きしてなるものであるが、「デオドラントクリーン」の文字は、「スーパーDC」の文字に比してやや小さく、かつ、その位置を少しずらして表示してなるものである。
そして、「スーパーDC」の文字は「スーパー」と「DC」で字形が相違するとはいえ、同大、等間隔に一連にまとまりよく表現されていて、しかも、これより生ずるものと認められる「スーパーディーシー」の称呼も簡潔かつ淀みなく一連に称呼し得るものである。
また「デオドラントクリーン」の文字も、同書、同大、等間隔に一連にまとまりよく表現されているものであり、かつ、これより生ずるものと認められる「デオドラントクリーン」の称呼も淀みなく一連に称呼し得るものである。
そうとすれば、本件商標は構成全体をもって特定の意味合いを想起させない一連の造語を表したものとして認識し、把握されるものとみるのが自然である。
請求人は、「デオドラント」の文字は「防臭効果のある、防臭剤」等の意を有する英語の「deodorant」の字音に通ずる語であり、「クリーン」の文字は「清潔な、清潔にする、清潔にすること、清潔にするもの、清掃すること、掃除」等の意を有する語であるから、「デオドラントクリーン」は全体で「防臭効果のある清掃あるいは清掃剤」といった意味を有するにすぎず、本件商標の指定商品である「ペット用便器の砂」にこれを使用しても、これが防臭効果のある清掃用品、あるいは防臭清掃用のものであることを示すものに過ぎない、旨主張している。
しかしながら、「デオドラント」及び「クリーン」の文字がそれぞれ上記の意味を有するとしても、「デオドラントクリーン」全体で特定の意の成語として知られているとは言えないし、ましてや、「防臭効果のある清掃あるいは清掃剤」といった意味合いを生ずるとも認めがたい。さらに、職権をもって調査するも、「デオドラントクリーン」の文字が本件商標の指定商品の品質内容表示として使用されているという事実を発見し得ない。
請求人は、「デオドラントクリーン」の使用例として、請求人と被請求人が新聞や雑誌に掲載した共同広告例及び包装紙における使用例等を挙げ、該使用例等における本件商標の使用は商品の品質内容表示であると主張しているが、これら使用例等における本件商標の使用は、明らかに商標としての使用と認められるものである。
なお、該使用例等は、本件商標とその態様をやや異にするものではあるが、この程度の差異は本件商標と社会通念上同一の範囲の使用と認め得るものである。
してみれば、本件商標は自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものとみるのが相当であり、かつ、商品の品質につき誤認を生ずるおそれもないものというべきである。
また、請求人は、本件商標は他人の商標を盗用、剽窃したものであるから商標法第4条第1項第7号に該当すると主張しているが、提出された甲第21号証及びその他の甲各号証によってはその事実を認め得ないところであり、さらに、請求人の主張を含めて総合勘案しても、該商標が他人の商標を盗用、剽窃したものとは言い得ないところである。
さらにまた、請求人は、意匠登録第774940号の無効審判事件の審決に言及し、「この意匠登録無効審判事件におけると同様に本件商標の登録も無効とされるべきものである。」と主張しているが、該審決は出願前公知を無効理由とするものであるから、本件商標無効審判事件とは明らかに事案を異にするものであり、その審決の判断が本件商標無効審判事件の判断に何らかの影響を与えるものとは言い得ないものであるから、この点関する請求人の主張は理由がないものというべきである。